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~捨てる瞑想~

ご訪問ありがとうございます!
真理を探究する人はもちろんのこと健やかさ、愛、豊かさなど
現実生活での幸せを求める人にこそ実践していただきたいのが瞑想です。
ここでは金井メソッドのご紹介や精神世界にまつわる話などを綴っています。
ぜひ!一人でも多くの方に瞑想を知っていただきたいと願っています。


金井メソッド「 宇宙の現れとしての本当の自分 」を覆い隠しているものから
離れ余計なものを捨てていく瞑想です。

「本当の自分」で生きることができれば人は本来の能力を発揮でき
苦しみから解放され、現象面での幸せや心の平和を見い出すことができます。


巷では、物を捨てるための解説書や、お片づけ本が大ブームになっていますね。
物を捨てたり片付けたりで人生が変わると説いています。
これなどは、本当の自分でない自分で生きていることを漠然と感じ取り
自分の中の何か余計なものを捨てたいという気持ちの現れです。

どうせなら瞑想で 「 宇宙の現れとしての本当の自分 」 以外の
余計なものを捨ててみませんか?
きっと世界が変わっていくことを実感できるはずです。

私が瞑想をするきっかけになったのは金井系一郎先生の著書
「すべてを受け入れて自由になる」です。

すべてを受け入れて自由になる、幸せに生きるにはこの言葉に始まり
この言葉に終わるといっても過言でないとさえ思っています。
ただ、「受け入れる」ということの意味を取り違えられることが多いのが
残念ですが、本当の意味を理解し実践できればこの世は怖いものなし、
平和で自由な心で生きていくことができるはずです。

1. 瞑想で何を捨てるの?

2. 受け入れるということの本当の意味




今年一年、ブログを訪問してくださった皆様ありがとうございました。

ブログを書くにあたって
なつかしいことをいろいろ想い出したせいではないでしょうが

幼馴染との再会。
インド研修をご一緒したSさんとも18年ぶりの再会。

私ににとっては、なつかしい
ということがテーマのような年でした。

来年のテーマは何なんだろうと思っていますが
今日も元気で、こうしていられること
そして周りの人たちの元気な笑顔に感謝です。


どうぞよいお年をお迎えください。


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金井メソッド瞑想をひとことで言い表すのは「 捨てる瞑想 」

ではその瞑想をしてどうなるのかということを
タイトルを見てわかってもらうには何がいいだろう

と考えて「 変わる 」という表現を使うことも
すぐに決まりました。

そして何が変わるのか

人生が変わる?
運命が変わる?
幸せに変わる?
心が変わる?

すべてそうなのですが、もうひとつピンときません。

結局「 世界が変わる 」に決めたのですが

ただ、瞑想で世界を良くしようとか
瞑想によってこの世が平和になるんだ
というような世界平和を願ったものだと
思われるのではないかと少し迷いました。

世界平和はひとりひとりの人間の心から

瞑想でひとりひとりの在りようが変わることにより
いろいろなことが変わり
結果として世界が変わる
という意味も含めてはいますが

直接的には自分の在りようが変わることで
「自分の世界が変わる」という
意味です。

決まるまでにさほど時間はかからなかったのですが
迷っている時に

「 世界が変わる~~ 」と自分で声に出して言ってみたときの
耳触りと、発音した感触が
明るくて好きだったのです。

この「 好き 」という感覚でぱっと決めました。


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ブログを始めるにあたって
ブログのタイトルを何にするか考えなければいけませんでした。

初めての人に端的に、わかりやすく
金井メソッドを一言でいい表わしたい・・・
そしてインパクトがあって・・・
と考えると
すぐに「 捨てる 」という言葉が頭に浮かびました。

私が瞑想を知るきっかけになった
「すべてを受け入れて自由になる」 には

「 想念を切って捨てる 」

という表現が使われていました。

その表現に私は惹かれました。

それが最近では、
金井メソッドの解説書ともいえる 「 瞑想ー金井メソッド 」でも講話でも
先生は「 想いから離れる 」と言われます。
「 切って捨てる 」という表現を使われません。

なぜだろう。

とにかく私は
「捨てる」という表現にしたい!

そう思って先生に質問と許可を求めたときの先生の返答は

『 捨てるでも離れるでも瞑想に関わる本質的な内容ではないのです。
「捨てる」と「離れる」の違いは

何かを捨てた場合、それは自分のものではなくなっても、
そこに在り続けるわけです。

離れると言った場合は、距離を取るだけで自分のもので
あり続けるわけです。

つまり想いというものは、その存在を無くすことはできないが、
自分のものであっても距離をとるようにするか、

そこが「捨てる」と「離れる」の違いです。

瞑想においての理想は捨てることですが、
長い間瞑想を指導した結論として、
未熟な人には上記の意味で捨てるということが難しいので、
離れるという言葉を使い始めたわけです。』


でした。
なるほど。

まあ、要するに、
理想は「 捨てる 」だけれど捨てるのは難しいから
「 離れる 」ということをしましょう。

だと理解しました。

確かに、瞑想中に出てきた想念を
何度切って捨てても
ゾンビのようによみがえってくることがあります。

物と違って完全に想いを捨て去るということは
難しいのかもしれませんが

あくまで理想の、すっきり捨てるということを
目指している気持ち

できるできないは別として「捨てる」という表現が
瞑想に向き合う自分の気持ちにシックリとくるので

タイトルには「 捨てる瞑想 」を使うことに決めました。

私は年末の大掃除を小分けにして
11月の末頃から始めているのですが
今はその真っ最中。

余計なものはほとんど買わなくなったとはいえ
それでも劣化したもの、書類関係など
身の回りの余分なものを捨てて、整理したときの
この爽快感はいったいなんなのだろうと思います。

瞑想で「 想い 」を捨てましょうといっても
「 想い 」は目に見えない、

そして何より物と違って
その「 想い 」そのものが自分自身だと思っているのですから
「 想い 」を捨てるという発想にはならないのです。

でもこの「 想い 」を自分自身と勘違いしているということが
人間の不幸の原因です。

ぜひ捨てる瞑想をやってみてほしいと思うのです。

「 捨てる瞑想 」に続く「 世界が変わる 」
の部分についてはまた次回で。

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このブログを始めて一年以上たちました。

ブログ開設の目的は、

瞑想っていいよ!!
金井メソッド瞑想のご紹介をしたい
ひとりでも多くの人に瞑想の良さを知ってもらいたい

でした。

そして、自分ができることを少しでも
という気持ちで始めましたが

よ~~し やろう!
というような強い気持ちではありませんでした。

以前にも書きましたが

瞑想に関して自分は何も行動していないような
気恥ずかしさを感じていたため

ブログ開設はそんな気持ちをなんとかしたいという
自己満足ではないだろうか・・・

と思ってしまいましたから。

瞑想を始めたころ
瞑想中にいろいろな想念が出てくると

その出てきた想念を自分の頭の中で
しかも瞑想中に整理したくなる
という衝動にかられたことがありました。

もちろんそんなことをしては捨てる瞑想になりません。

今月の  提唱者からのメッセージ  に

「 想いと考えとの違いは、
  考えとは判断や選択をするためのプロセスであり、
  一方 想いとは、一定の目的のためにするものというよりも、
  普段からのその人の在り方の表現として存在するもの 」

とありました。

こうやって書くということは
かつて瞑想中に出てきた衝動、
自分の想いや、考えを含めての行動を客観視して整理し
何やらモヤモヤしたものを消化( 昇華 )できるようで
楽しいです。

結局、大義名分はどうであれ
自分が楽しいからやっているのだと思います。

ただ、少しでも人のためになるものを
ということで

体験したこと
自分がやってきた・・・今もやっている失敗
瞑想の師から教わったこと
気づき

などを中心に続けていけたらと思っています。


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