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~捨てる瞑想~

ご訪問ありがとうございます!
真理を探究する人はもちろんのこと健やかさ、愛、豊かさなど
現実生活での幸せを求める人にこそ実践していただきたいのが瞑想です。
ここでは金井メソッドのご紹介や精神世界にまつわる話などを綴っています。
ぜひ!一人でも多くの方に瞑想を知っていただきたいと願っています。


金井メソッド「 宇宙の現れとしての本当の自分 」を覆い隠しているものから
離れ余計なものを捨てていく瞑想です。

「本当の自分」で生きることができれば人は本来の能力を発揮でき
苦しみから解放され、現象面での幸せや心の平和を見い出すことができます。


巷では、物を捨てるための解説書や、お片づけ本が大ブームになっていますね。
物を捨てたり片付けたりで人生が変わると説いています。
これなどは、本当の自分でない自分で生きていることを漠然と感じ取り
自分の中の何か余計なものを捨てたいという気持ちの現れです。

どうせなら瞑想で 「 宇宙の現れとしての本当の自分 」 以外の
余計なものを捨ててみませんか?
きっと世界が変わっていくことを実感できるはずです。

私が瞑想をするきっかけになったのは金井系一郎先生の著書
「すべてを受け入れて自由になる」です。

すべてを受け入れて自由になる、幸せに生きるにはこの言葉に始まり
この言葉に終わるといっても過言でないとさえ思っています。
ただ、「受け入れる」ということの意味を取り違えられることが多いのが
残念ですが、本当の意味を理解し実践できればこの世は怖いものなし、
平和で自由な心で生きていくことができるはずです。

1. 瞑想で何を捨てるの?

2. 受け入れるということの本当の意味



体罰はいけないこと

というのが先にあるのではなく

自我に振り回されずに生きられたら
体罰が必要かどうかはわかるはず

という順番です。

何を隠そう、私も中学生の時
先生に殴られたことがあります。
往復ビンタです!

その日は学校行事の準備をクラス中でしていました。

その最中、私たち仲良し5人組みは
何かぺちゃくちゃおしゃべりをしながらの作業だったところに

先生がやってきました。

お~い、しゃべってないで、ちゃんとやれよ~~

は~~い!

そして先生はどこかへ行きました。

私たちはまたぺちゃくちゃおしゃべりしながらの作業。

そこへ先生が再度登場!

こら~~っ!
またしゃべりながらやっているな!!
ちゃんとやれよ!

は~~い! と私たち。

先生はまたどこかへ消えて行きました。

あとの4人はどうだったかは知りませんが
その後、私は真面目に作業していました。

すると誰かが教室の机を移動する際
何かを壊してしまってどうしようということで
ざわつきだしたのです。

いったいなにを騒いでいるのか、と思い
私たち5人もそこへ集まって行ったところに

また先生が現われ

何をやっている~~!!!

2度も注意しているのにと思ったのでしょう
有無を言わさず男子1名女子4名の私たちは
その場で先生に往復ビンタです。

見た目は派手に叩かれましたが
正直、たいして痛くはありませんでした。

えっ!!叩くんですかぁ~!!
確かに先の2回はおしゃべりしていましたが
3回目はヌレギヌです!!
と思いましたが

その頃は素直だったのか言い訳もせず、
なぜか腹は立たなかったです。

そのことで私たち5人とも
その教師を嫌いになりませんでした。
そして信頼も揺るぎませんでした。

体罰が今みたいに問題になる時代ではなかったですが
それでも、その先生が生徒に体罰を与えているところを見たり
そういう話も聞いたことはありません。

今では笑い話で、いい想い出になっていますが
世間を騒がしている体罰問題を見ていて
その時のことを想い出し

なんとなくわかったことがありました。

その先生はクラスの担任でもあり
私たち5人の部活の顧問でもありました。

あるとき、同じクラスの女の子が
私たち5人は担任の先生が顧問をしている
クラブ活動をしているということで
ひいきされているように見えると言うのです。

私たちは、ひいきなんてされていなかったと思いますが
どうしても教室内で部活の話をその先生とすることも多く
そう思われたのでしょう。

でも、もしかして先生自身もそういうことを感じ
ことさら私たちに厳しく接しなければいけないと
思ったのではないだろうか・・・・
その出来事は一種の儀式のような役割が
あったのではないだろうか。

数十年もたった今
はたとそう思ったのです。

いや、ただ本当に腹が立っただけだったと
その先生は言うかもしれないですが。

人が何か行動をするときの動機というのは
本人自身がわかっていることもあるし
ついやってしまったということもあります。

良かれと思ってすることもあるし
そうでないことも。

自己=本当の自分=本当の愛

自己以外のもの、自我 = 世間の常識、感情、想い、他者から見た自分 etc

こう書いてしまうと自我がなんだか悪者のように聞こえますが
私たちは自我無くしては生きてはいけない存在です。

ただ、「 自我 」が本当の自分だと
勘違いしない在りようでいられたら

そこで行われる行動というのは
適切なものに近いものになっていくはずです。

そしてその場ではどういう形をとろうとも
自我から離れた行為はいつかは「 愛 」というものに
つながっていくのではないでしょうか?


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怪我をしたらカサブタができるように
心の表面がカサブタのようになり
まるで鎧のように自分を守っているつもりなのだと思います。

身体の怪我は、今自分は怪我をしたという自覚を持てますが
心のカサブタの原因であるものというのは

具体的に、心の傷を負うということもあるでしょうが
生きているうちに自然に身につけてしまった
防御法であるかもしれません。
考えてもわかりません。

瞑想を続けていると薄紙がはがれるように
カサブタが薄くなっているのでしょうが
ごそっとはがれていくのを感じるときがあります。

私にとっての心の開かれ方を言葉で表せば

「 カサブタの外側だけが自分だと思っていたけど、そうじゃなかったんだ 」

という感覚でした。


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2013.01.11 開かれた心で


私と同じころに瞑想を始めた人が
瞑想の師、金井先生

心を開くということがよく分からないのですが
心が、いわゆる観音開きになるような感じと思っていいですか?

と質問をしていました。

それを横で聞いていて、

心が開くということがわからないなんて、と
不思議でした。

が、その後
長い間、瞑想を続けるにつれ
心の中の閉じていた部分が開かれていくのを感じ

私って心を閉ざしている部分があったんだ、
とわかっていきました。

心が開かれる感じがわからないと言っていた人のほうが
自分をわかっていたのです。

知れば知るほど知らないということを知ると言いますが

心が開かれれば開かれるほど
開かれていなかったということがわかります。


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明けましておめでとうございます。
明るい年になりますように。


お正月は身も心も引き締まります。
そこで今年の私の「 精神世界の目標 」を決めました。

①「 想い 」は私ではない。
  ということを忘れない。

ということと

②人や周りにしてほしいと思ったことは
 自分で自分にしてあげる。

です。

①は金井メソッドの神髄である
今持っていない何かを得ようと瞑想するのではなく、
持っている本来の自分でないものを捨てようとする

ということを、日常生活で忘れないように
自分自身のためだけの呪文として。

②の意味は、たとえば何か面白くないことがあったとしたら
そこにとらわれている暇があるなら
自分が自分に対して楽しくなるようにしてあげる、
意識的に自分のために自分が楽しい気分になってあげる
 
みたいな感じです。

実生活上で意識していたいこととして今年の目標としました。


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