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~捨てる瞑想~

ご訪問ありがとうございます!
真理を探究する人はもちろんのこと健やかさ、愛、豊かさなど
現実生活での幸せを求める人にこそ実践していただきたいのが瞑想です。
ここでは金井メソッドのご紹介や精神世界にまつわる話などを綴っています。
ぜひ!一人でも多くの方に瞑想を知っていただきたいと願っています。


金井メソッド「 宇宙の現れとしての本当の自分 」を覆い隠しているものから
離れ余計なものを捨てていく瞑想です。

「本当の自分」で生きることができれば人は本来の能力を発揮でき
苦しみから解放され、現象面での幸せや心の平和を見い出すことができます。


巷では、物を捨てるための解説書や、お片づけ本が大ブームになっていますね。
物を捨てたり片付けたりで人生が変わると説いています。
これなどは、本当の自分でない自分で生きていることを漠然と感じ取り
自分の中の何か余計なものを捨てたいという気持ちの現れです。

どうせなら瞑想で 「 宇宙の現れとしての本当の自分 」 以外の
余計なものを捨ててみませんか?
きっと世界が変わっていくことを実感できるはずです。

私が瞑想をするきっかけになったのは金井系一郎先生の著書
「すべてを受け入れて自由になる」です。

すべてを受け入れて自由になる、幸せに生きるにはこの言葉に始まり
この言葉に終わるといっても過言でないとさえ思っています。
ただ、「受け入れる」ということの意味を取り違えられることが多いのが
残念ですが、本当の意味を理解し実践できればこの世は怖いものなし、
平和で自由な心で生きていくことができるはずです。

1. 瞑想で何を捨てるの?

2. 受け入れるということの本当の意味



私と従妹のF子は、幼い頃こそよくケンカをしましたが
大人になると仲良し姉妹のようになりました。

F子の選択の基準で大切なことは自分が楽かどうかということのようです。
本当に必要なことに関してはミスや無駄なことをせず

そのほかのあらゆることには、自分が疲れないように
テキトー、楽ちんがモットー。
人の思惑もほとんど気にしません。
そして理屈や難しいことも言いません。

楽や快を求めることをするのではなく、苦や不快に近づかない
といった感じです。

とくに感心するのは余計な心配をしないというところです。

私たちは性格は違いましたがなぜか気が合い
まるで同居しているかのように何日もいっしょに過ごしたこともあります。
そうかと思うと1年くらい会わないこともありましたが
そういうときでも疎遠になっているという感じはしませんでした。

私が瞑想をするきっかけになったともいえる  発心 は
子供のころの幸せに生きていた自分の在りかたを想い出したことでしたが

大人になってからも変わらず楽に生き続けているF子が
「 ああ 自分もこんなに楽に生きてもいいな 」
と教えてくれました。

性格のせいか、はたまた恵まれた生まれのおかげか
20代半ばまでは一度も悩んだことがなく
悩むということがどういうことかわからなかったというF子が
生まれて始めて持った悩みというのが実の母親との関係悪化でした。
それは無事に改善されたのですが、やはり人生そんなに甘くありません。

何しろストレスというもののない人生前半のため気付かなかったようですが
心身のストレスが体調にすぐに影響を及ぼす体質のようです。
中年期になってからは、命にかかわるものではないにしろ病気をしたり、
夫が失業したりでお金の苦労も知ることとなりました。

ストレスに弱い体質を本能的に知っていて、心身の危機に直面しないように
無意識で楽な生き方を選びとるようにしていたのかもしれません。

そんなF子が先日遊びに来ました。
今は、夫が思いのほか出世をして豊かな生活ができているのに
実母と同居しているので、家に女がずっと二人いるより
少し外に出ているほうが楽だからということで週3日のパートに出ています。

パート仲間たちというのは、少しでも家計の足しに
ということで働いているので
喫茶店でお茶ひとつ飲む時もクーポン券をシェアし合ったりと
節約に余念がありません。
自分はそんなこと面倒だから、本当はしたくないけれど
適当に話を合わせていると、面白おかしく話してくれました。

そして、夫の出世や収入が増えたことは
自分たち以外では私にしか言っていないというのです。
親たちにも内緒です。

余計な嫉妬をされないため、そして
お金があると思われると何かと厄介なことが起きかねないから。

夫の出世や豊かさが妻のステータス、なんていうことは
F子にはテレビドラマの中の出来事でしかありません。

病気や貧乏を経験して健康管理や堅実さが身につき
それでも相変わらず上手く楽チンに生きてるなと思いながら
話を聴いていました。

もちろん身内だということで余計な遠慮をしなくても済むということと
気が合うということもありますが

幸せに生きている人間はそばにいる人を幸せな気分にすることができる
ということもF子が教えてくれました。

でもやはり人はその人らしく生きることしかできません。
それが一番幸せです。

楽チンが好きな人は楽チンに
挑戦が好きな人は困難も楽しめるように。

そこで瞑想にこじつけ、と言われそうですが

自分にとっての「 楽 」を見つけるために
本当の自分らしい在り方は
今持っている本来の自分でないものを捨てようとする金井メソッド瞑想で
欲望を含めてすべての求める気持ちから離れるようにすることで
見つけていくことが可能なのです。


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選んで生まれてきました

弱みが強みということをつくづく実感します。

思春期の頃、肉体的な欠点と思っていたことや生まれ育った環境でも

自分の弱点だと思っていたことが
今ではセールスポイント、神の恩寵ではなかろうか
とさえ思えることがあります。

人には相変わらず弱点だと言われるかもしれませんが
自分が神の恩寵だぁ
と思えたらそれでヨシです。

私はこの肉体や環境を選んで生まれてきたなと
感じています。
何の根拠もなく証明はできませんが。

もし私が何かものすごく世の中で生きていくのに有利な
たとえば、類まれなる美貌だとか、突出した才能があったとしたら

それを上手く使いこなすことは私にはできなかったし
瞑想をしていなかった、もしくは

そういうものにさんざん翻弄させられた結果
何かを求め、ようやく瞑想にたどり着くという経過をたどり
瞑想に出会うのがもっと遅くなっていたように思います。


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2013.03.16 弱みが強み


目覚めの  まどろみの時間 があるということは
それだけ朝の時間にロスがあるということです。

ようするに朝が弱いということ?
いえ、言い訳のようですが・・・
起きようと思えば起きられます。

でもこのまどろみの時間は私にとってはとても貴重な時間だと
思っています。

目覚めるだけで瞑想に似た脳波の時間を長く持てるということは

瞑想者にとってはラッキー、そして弱みが強み。

金井メソッド瞑想は座ってやろうが
横になってやろうが効果に変わりはありません。

通勤時間が長い人は電車の中で
朝のまどろみの時間が長い人はお布団の中で
どこででもできます。

ただ、私は静かで安心できる場所で座ってする瞑想が
やっぱり一番好きです。

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眠っていて目覚めたときの脳波と瞑想時の脳波は似ていて
そういうときは瞑想に入りやすいそうです。

私は血圧が低いからか、朝、目覚めてからしばらく
「 まどろみの時間 」を経てから
むくっと起き上がります。

はっきり時間を計ったことはことはありませんが
5分くらいから時には数十分になることもあります。

「 まどろみの時間 」は潜在意識から顕在意識への移行の時間でしょうか。

その間に、いろいろな想いが出てくるのです。
そのときに気になっていたことをいろいろ考えていたり
映像をみていることもあります。

気になっていたことをあれこれ考えるのであれば理解できるのですが
忘れていたずっと前の想いが出てきて
自分でもびっくりすることもあります。

こういうときに出てきたものから離れるということをすれば
つまり瞑想をすれば
毎日目覚めるだけで瞑想ができますね。

そして、身体の不調をいろいろ感じることができるのが
この「 まどろみの時間 」です。

若いころは少々無理をしても翌朝に疲れが残ることは少なくても
年を重ねると、だんだん疲れが一晩寝たくらいでは取れづらくなってきます。

「 まどろみの時間 」に強く身体のこわばりやだるさを
感じることがあります。

というか、だからこそまどろみの時間を経てでないと
起き上がらないのかもしれませんが。

瞑想を知ってからそれは悪いことではないと思うようになりました。
いえ、瞑想を知る前から
なんとなく、そうではないかなあと思っていました。

というのは、あるとき目覚めたときにあまりに身体がこわばっていて
これは今日は一日寝ていたほうがいいかなと思うくらいだったのですが
お昼頃になるといつにもまして身体が軽く爽快でした。

そのときは瞑想などしていませんでしたが
「 きっと、朝、身体の不調に抵抗せず、感じきったせいで
こんなに身体の軽さを感じているのではないだろうか 」

と感じました。

ただ、想いから離れるということは知りませんでしたから

「 まどろみの時間 」に出てきた想いに一日中とらわれてしまうということも
多かったように思います。

気になっていたことの答えのようなものが出てきて
これは単に気になっているから出てくるのか
それとも予知なのか気になるところでした。


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