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~捨てる瞑想~

ご訪問ありがとうございます!
真理を探究する人はもちろんのこと健やかさ、愛、豊かさなど
現実生活での幸せを求める人にこそ実践していただきたいのが瞑想です。
ここでは金井メソッドのご紹介や精神世界にまつわる話などを綴っています。
ぜひ!一人でも多くの方に瞑想を知っていただきたいと願っています。


金井メソッド「 宇宙の現れとしての本当の自分 」を覆い隠しているものから
離れ余計なものを捨てていく瞑想です。

「本当の自分」で生きることができれば人は本来の能力を発揮でき
苦しみから解放され、現象面での幸せや心の平和を見い出すことができます。


巷では、物を捨てるための解説書や、お片づけ本が大ブームになっていますね。
物を捨てたり片付けたりで人生が変わると説いています。
これなどは、本当の自分でない自分で生きていることを漠然と感じ取り
自分の中の何か余計なものを捨てたいという気持ちの現れです。

どうせなら瞑想で 「 宇宙の現れとしての本当の自分 」 以外の
余計なものを捨ててみませんか?
きっと世界が変わっていくことを実感できるはずです。

私が瞑想をするきっかけになったのは金井系一郎先生の著書
「すべてを受け入れて自由になる」です。

すべてを受け入れて自由になる、幸せに生きるにはこの言葉に始まり
この言葉に終わるといっても過言でないとさえ思っています。
ただ、「受け入れる」ということの意味を取り違えられることが多いのが
残念ですが、本当の意味を理解し実践できればこの世は怖いものなし、
平和で自由な心で生きていくことができるはずです。

1. 瞑想で何を捨てるの?

2. 受け入れるということの本当の意味



学生時代クラブ活動を選択するときは
スポーツ部以外(文化部)を選択するということは
考えられなかった私です。
かなりのスポーツ少女だったと思います。

成人してからも、友人や身内に勧められて
その時限りのものや、ある程度継続して、
でもさほどのめり込まず
色々なスポーツを楽しんできました。
温泉宿などで卓球台を見つけると
やりたいほうです。

でも、スポーツするの好き?
体を動かすことは好き?

そういう質問されても即答できません。
嫌いではないけれど~~。
何かが違う。

現の波動が中心波動 イコール スポーツが好きという
図式が成り立つわけではないでしょうし
体を動かすということも
体を使って何かをするということから
仕事をすることそのものや行動力といったものまで
いろいろな意味があると思うのですが

先日、現の波動が中心波動だという方と話していて
だからでしょうか、体を動かすこと、
体を使って楽しむことがとても好きで、
スポーツを観て楽しいという気持ちがよくわからない
と言われたのを聞いて、ちょっとびっくりしました。
私はスポーツは観ていてとても楽しいのです。

自分では絶対できないことをスポーツ選手がしてくれている。
すごい!と思って感激できます。

ああそうか、感の波動が中心波動の私は
スポーツをしたり体を使って楽しむということが
第一義なのではなく

そのことで心が動いて感じることが重要なんだなと思いました。
だから、じぃ~っとひとりで映画を観ることも好きだし
な~んにもしないでただボーっとして
何かを愛でたり感じていることもとても好きです。

感の波動が中心波動の私の感より
知や現の波動が中心波動の人の感のほうが
より強いということもあり得るから
人との比較は何の役にも立たないそうで
とにかく自分の中心波動を生かすようにすることが重要
だということなら

今の私にとってのスポーツは
人とコミュニケーションをとるツールのひとつで
楽しさを分かち合ったり自然を感じてリフレッシュできたり
感の波動を生かせているように思います。

そういう視点で自分がやっていることを見ると
スポーツに限らず向き合い方が違ってきそうです。

そして、思春期の頃のスポーツは
ただでさえ多感な時期の心と体のバランスをとることに
一役買ってくれていたようです。


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2016.06.21 最強マントラ


とらわれは失うことへの恐怖、
何を失う?それは自分を失う恐怖、
究極的には死への恐怖からの解放が
解決策になるというお話から

オーム・トゥリヤムバカム・ヤジャマヘ・
スガンディム・プッシュティヴァルダナム・ウルヴァルカミバ・バンダナム・
ムリィトォール・ムクシャ・マームリィタットゥ

というマントラをリトリート中、先生が唱えてくださいました。

胸の奥がドクンドクンとするほどでした。
今さらながらすごいと思ったので
「死者はほほえむ」 に付いていたCDのマントラを
早速ウォークマンに取り込みました。

マントラの中でも強力なもので
毎日唱えるとよいそうです。
先生は瞑想中は唱えず、
仕事など何かに集中する時以外の
散歩や電車に乗っている時や遊んでいる時などに
日常で唱えてられるとか。

「大いなる導きの主よ、熟れてなお枝にしがみついている
ウリのように、生にしがみついて死を恐れている私に、
死を超えた悟りを与えてください」
という意味です。

祝詞を唱えている母や叔母たちを見ていたので
子供のころから祝詞の最初の部分を少しアレンジし
自分だけのマントラにして

どうしたらいいかわからない悩めるときだけでなく
たとえば遠足の前の夜に、明日は天気になりますように、
部活の試合の前に気持ちを落ちるけるためにと

頻繁に唱えていたその神道マントラは
必ず良いほうへ導いてくれている
強力なマイマントラだと信じていました。

瞑想を始めてから唱えることはなくなっていましたが
だからといってインドのマントラも日常では
唱えるということもなかったのです。

日本語で読んでみてもなにも感じないのに
CDから流れてくるマントラを聴くと
ドクンドクンして気持ちがいいのです!
意味を理解しそのような自分に成ろうとすることも
もちろん重要だそうですが
それより音の響きが主に大事だということが
とてもよくわかります。

それにしてもオーム・トゥリヤムバカム・ヤジャマヘ・・・・・
このマントラは私にとっては長く難しいです。
はやく覚えて
唱え続けていくでしょう。

非日常な自然との一体感を味わうリトリートですが
少しずつ、そしてあっという間に
日常に戻っていってしまいます。

この場所が感、この場所は現の波動というように
場の波動をあらかじめ聞いて
その場の波動を経験するのと同じように

毎日たった15分くらいだけれど
瞑想でただひたすら自分を捨てていく作業で観る自分と
心で唱えてマントラで心身を満たしている時は

これが本当の自分ですよと
わずかな時間でも経験しているかのようです。

日常生活に埋没するとそんなことまた忘れて、
それでもマントラを唱えると想い出して
また忘れて日常生活であわただしくて
でも夜になって瞑想でまた経験して
ということを繰り返していきます。


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