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~捨てる瞑想~

ご訪問ありがとうございます!
真理を探究する人はもちろんのこと健やかさ、愛、豊かさなど
現実生活での幸せを求める人にこそ実践していただきたいのが瞑想です。
ここでは金井メソッドのご紹介や精神世界にまつわる話などを綴っています。
ぜひ!一人でも多くの方に瞑想を知っていただきたいと願っています。


金井メソッド「 宇宙の現れとしての本当の自分 」を覆い隠しているものから
離れ余計なものを捨てていく瞑想です。

「本当の自分」で生きることができれば人は本来の能力を発揮でき
苦しみから解放され、現象面での幸せや心の平和を見い出すことができます。


巷では、物を捨てるための解説書や、お片づけ本が大ブームになっていますね。
物を捨てたり片付けたりで人生が変わると説いています。
これなどは、本当の自分でない自分で生きていることを漠然と感じ取り
自分の中の何か余計なものを捨てたいという気持ちの現れです。

どうせなら瞑想で 「 宇宙の現れとしての本当の自分 」 以外の
余計なものを捨ててみませんか?
きっと世界が変わっていくことを実感できるはずです。

私が瞑想をするきっかけになったのは金井系一郎先生の著書
「すべてを受け入れて自由になる」です。

すべてを受け入れて自由になる、幸せに生きるにはこの言葉に始まり
この言葉に終わるといっても過言でないとさえ思っています。
ただ、「受け入れる」ということの意味を取り違えられることが多いのが
残念ですが、本当の意味を理解し実践できればこの世は怖いものなし、
平和で自由な心で生きていくことができるはずです。

1. 瞑想で何を捨てるの?

2. 受け入れるということの本当の意味



母が体調を崩して2週間ほど入院したことがありました。
ずいぶん前のことです。
幸いたいしたことはありませんでした。

母は言葉に出して言いませんでしたが
退院してからも、
自分はやっぱりどこか悪いのではないだろうか
もっと重大な病が隠れているのではないだろうか
と思っているのではないかと感じました。

その横顔を見ていて
暗さを感じたのです。
このままではまずいな!!

と思いました。

その場ですぐに母に瞑想を勧めました。
私は母に瞑想をしているということは言っていませんでしたが
瞑想について説明するより
とにもかくにも瞑想をしてもらうことが先決と思い

「 ねえねえ、ちょっと一緒に座って!
背筋を伸ばして、目をつぶって、
何か考えてるなって気づいたら、
もう考えるのはやめよう、と思って考えるのをやめて。
でもまたすぐに何か考えだすでしょ、
そしたらまた、ああもう考えるのはやめようって、やめて!
何回でもそれを続けてみて、最初は5分でいいから。 」

と言いました。

今からすることが瞑想だとか、瞑想とは何か
なんて説明は一切なしです。

ただ退院してきたばかりだったので
目の前のニンジンとして、
「 すごく身体に良いし、だまされたと思ってとにかくやって!」 
と強調しました。

不思議なくらい素直に私の言ったとおり
すぐに一緒に瞑想をしてくれたので拍子抜けしました。

神棚を祀り、毎日手を合わせ、
信心深い母は、神へのお祈りの儀式のように
とらえていました。

その最初のたった5分の瞑想が終わって目を開けると
一転、すごい笑顔でした。
気持ちよかったようです。
(極端すぎる)

「 なんか身体がイーってなるわ (瞑想中)」
「 5分くらいが限界、それ以上無理 」
とかなんとかぶつぶつ言いながら。

そのうち、母は自分のほうから夜になると
「 そろそろ座る?」 と言って私を誘うようになってきました。

一か月から二か月くらい続いたでしょうか。
いつの間にかやめてしまったのが
とても残念でした。

先日、気持ちが落ち込んでいるとき
とにかく心の片隅にあったこと、
やったほうがいいと思っているし、
やりたいと思ってもいるのにやらずにいることを
やろうと思いました。

母のために瞑想をという気持ちはもちろんですが
あのとき母と瞑想を続けていたらよかったのに・・・
という後悔をしたくないという気持ちもありました。

久々ぶりに、
「ねえねえ、ちょっと一緒に座って。
前もやったでしょ!
背筋を伸ばして、目をつぶって、
何か考えてるなって気づいたら、
もう考えるのはやめよう、と思って考えるのをやめて。
でもまたすぐに何か考えだすでしょ、
そしたらまた、ああもう考えるのはやめようって、やめて! 」

と以前と同じように私が言うと
「 またぁ~? なんでまた今頃?」
とかなんとか言いながら、またもや素直に一緒にやってくれました。

ちゃんと言った通り、想いが出てきたら
その想いから離れるということをしてくれているのだろうか
といささか心配でしたが

母と2人の瞑想は(母は瞑想とは思っていません)
今回は、始めて数日間ずっと
瞑想会で複数人数で瞑想をするときや
先生と瞑想するときに感じる
胸のあたりがパーっと開けるような感覚が私にあったので
きっとちゃんと想いを捨ててくれているのだろうなと思っていました。

胸のあたりがパーっと開けるような感覚になること
だけが好いことだということではありませんが
人と一緒にする瞑想中の感覚に似ていたので
きっと母の瞑想も瞑想になっているんだろうなと思いました。

ところがある日、その感覚がまったくない日がありました。
そして次の日も。
母は「 今日は数を数えてみた 」 と言うのです。

「あのねえ、そういうことはしちゃだめ!」
とまた説明をして
それ以降はちゃんと想いから離れる瞑想を
してくれていると思います。

今度はずっと続きますように。



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